第一章
第一章 (四人の男女と獣に係わった人たち)
二人の男女は、真夜中だと言うのに、部屋の窓から悲しそうに夜空の月を見ていた。だが、視線の先を確かめると、月ではなくて空中に浮かぶ何かを見ているようだ。これが現代なら未確認飛行物体かと、想像する者もいると思われるだろうが、そうではなかった。まあ、この時代では、そのような名前では呼ばれない。親しみを込めて、天鳥船の神と呼ぶだろう。そのような遠い昔だったからだろう。空も人口の粉塵などで汚れてないから空気もすみわたり、綺麗な月が見える。それだけでなく、中空に浮かぶ何かが見えるのだ。
「また、嘘つきだと言われたのかな?」
「そうだと思うわ」
「この状況を見せる事が出来れば、誰も嘘つきなんて言われないのになぁ」
「そうね。でも、無理よ。院長が許可するわけがないわよ。でも、内緒の方がいいかもよ。もしかすると、化け物って言われる
可能性があるわ」
「そうかなぁ」
二人の男女は、夏野新(なつのしん)と夏野明菜(なつのあきな)だった。視線の先は、夏野晶(なつのあきら)。同じ苗字だが、兄妹ではない。今から十五年前に、今居る建物の玄関に三人が捨てられていたのだ。なら、苗字、名前が分かるのなら親を探し出せないのか、と思うだろうが、苗字は、建物の院長が、夏の日に捨てられていたから、夏野と付けたのだ。だが、不思議な事に、名前だけは、衣服に縫い付けられていた。心底から子供たちを愛していたからだろうか、それとも、名前に大事な理由があるのか、それとも代々の由来があるのか、いや、普通に考えるのなら後で引き取る為に分かるようにしたのだろう。
「それを言われたら、晶は耐えられないわよ」
「それにしても不思議だ。なぜ、空に浮かぶのだ。それに、赤い感覚器官が見えないかなって、尋ねるけど何だろう。それを言うから嘘つきだと言われるのになぁ」
「浮かぶ理由は分からないけど、赤い感覚器官って言うのは、赤い糸の事だと思うわ」
「ああ、運命の人だけに見えると言うやつだろう」
「そうよ」
新と明菜だけでなく、誰も知るはずがないのだ。勿論、晶にも分からない。だが、本人も知らないはずだが、月を見ると気持ちが安らぎ、懐かしい気持ちになるのだろう。それで、落ち込むと、少しでも近くで見たいために空に浮かび一人寂しく泣いていたのだ。確かに、懐かしい気持ちになる理由は分かる。今から7500万年以前には、地球には月と言う衛星は無かった。その時、人類が居なかったのだから分かるはずもない。だが、初めは、小さい点のような星が、月だった。そして、千年の月日が経つと、今のような月になったのだ。だが、月は箱舟だった。その為に、地球に生存していた巨大生物は、重力の圧力に耐えられなくて絶滅してしまった。だが、箱舟の人々は、地球の生物を強制的に滅ぼす考えではなかったのだ。ゆっくりと時間を掛けて地球に近づき衛星とする考えで、それなら、生物などは新しい地球の環境に耐えられると計算では出ていたのだが、絶滅してしまった。晶が、箱舟の直系の子孫ではないだろうが、類似する所が二点あった。背中に蜉蝣のような羽があり、その羽の事を羽衣と呼び、左手の小指に赤い感覚器官があったのだ。だが、背中の羽は飛ぶと言うよりも重力の軽減が出来る機能器官なのだ。そして、赤い感覚器官は、赤い糸と呼ばれ運命の連れ合いだけに見えが、武器の機能もあり、その時だけは運命の相手でなくても見える場合があった。そのような理由の為か、絶滅した哀れみだろうか、絶滅した生物の遺伝子を使い、擬人や獣人などを作った。その子孫が人類の先祖だ。それだけではなく、地球文明の基礎も創ったのだが、今の世には、痕跡も殆ど残っていないのだ。それだけでなく、晶が最後の生き残りかもしれないのだった。
「今日は帰りが遅いなぁ。呼びに行った方が良くないかぁ」
「泣いていると知っていて会いに行くの。良した方がいいわよ」
「だが、誰かに見られでもしたら・・・・・・」
「大丈夫よ。今まで、誰にも気付かれなかったわ。ねね、そろそろ消灯の時間よ。今日は、帰って来るまで待たないで、先に寝ましょう」
「俺は、もう少し起きているよ。明菜は帰れ、扉が閉まったら部屋に戻れないぞ」
新が言っている事は、施設の規則で、十一時になると男女が、部屋の行き来が出来ないように扉が閉まり、灯りも消すのが規則だった。
「そうね。まあ、私は、新の部屋に泊まってもいいのだけどね。兄なのだし」
「そうかぁ。晶が心配なんだなぁ」
新は、明菜が悩んでいる姿を見て思い悩んでいた。だが、明菜の話には続きがあった。
「でも、新も男だし、妹だとしても、男って狼になると見境がないでしょう」
「馬鹿やろう。自分の部屋にさっさと帰れ〜」
新は怒りを表した。
「私は自室に帰るけど、一人で晶の所には行かないでよね。新も寝なさいよ。分かったわね。それでは、おやすみ」
明菜は、眠そうに欠伸をしながら、新の部屋から出て行った。それでも、新の部屋の灯りが直ぐに消える事が無かった。それ程まで心配なのだろう。恐らく、晶が自室に帰るまで部屋の明かりが消えるはずがないだろう。それは、何時になるか分からない。
「新、まだ起きていたの?」
自分が原因で起きていたとは感じてない。本当に不審そうに問い掛けた。
「うん、何か眠れなくてなぁ。月を見ていたよ」
「月は綺麗で、何か安心するよね。僕も眠れない時は、月を見るよ」
「そうかぁ。何か眠れない事でもあったのか?」
「何もないよ」
晶は、月を見たお陰で、悩みが消えたのだろうか、眠そうに大きな欠伸をした。
「俺も、眠くなってきたよ。おやすみ」
新は、晶の欠伸が移ったのだろうか、同じように大きな欠伸をした。いや、違うだろう。晶の安心した表情を見て安心したに違いない。だが、この時、晶の表情だけでなく、少しだけでも、窓の外を、いや、もっと遠くに視線を向けていたら何かに気が付き眠気が飛んだはずだろう。だが、それは、仕方が無い事かもしれない。十五年も誰にも見付かっていない為の安心感だけではなかった。院長であり。この地の領主でもある。作間源次郎(さくまげんじろう)は、孤児院の為に館を建てたのでなく、夏だけの避暑として建てたのだ。だが、十五年前に、三人の幼子が玄関に捨てられた時から町の人々の暮らしが貧しいと分かり。せめて、孤児だけは育てようと考えたのだ。そのような理由もあり、町から離れた所に建っているので、誰も来るはずもなかったのだ。その為に安堵の気持ちがあったのだろう。それで、一人の女性が森から町に帰れるのが分からなかったのだった。なら、その女性は、晶の姿を見たのか、何故、森に居たのか、その女性は誰なのだろう。